シューベルト 弦楽四重奏曲全集

弦楽四重奏曲全集


1971年~1975年
メロス弦楽四重奏団

フランツ・ペーター・シューベルトの弦楽四重奏は15番までというのが定番になっているものの、未完成の作品を含めると約20曲あって、そのうち3曲は完全に失われてしまった。このCDは2楽章までの5番と、1楽章しかない12番の他に未完成の1曲を加えて16曲収録。
通して聞くと379分もあるので、シューベルトの弦楽四重奏はこれを持ってるだけで十分かなと。



シューベルトの父親はチェロを趣味で弾いていて、3人の兄もヴァイオリンや何かしらの楽器を演奏出来た。なので日曜日と祝日ごとに、2人の兄がヴァイオリン、父がチェロ、自分がヴィオラを受け持って、自宅で弦楽四重奏の演奏を行っていた。教員だったシューベルトの父親は給料が少なくてとても貧しい生活を送っていたけれど、家族の仲はとても良かった。16歳になる1813年までの7曲と1815年までの4曲の弦楽四重奏曲は、そんなシューベルトの家族が楽しんで演奏するために書かれたもの。

弦楽四重奏の中でも特に有名な「14番〝 死と乙女〟」をはじめとする1820年以降の数曲は、家族とは離れて音楽仲間たちと付き合うようになってからの作品なので、明らかにレベルは違ったものになっている。


弦楽四重奏曲第1番 ハ短調(変ロ長調) D18
1812年作曲
出版されたのは1890年!になってからようやく全集に収録。

15歳のときの作品で、たぶん寄宿学校で演奏するために書かれたほかに、家族でも演奏したと思われる。チェロ担当の父親はよく音を外すので、シューベルトは控えめに注意していたと言われている。


弦楽四重奏曲第2番 ハ長調 D32
1812年9月作曲

1890年に出版された旧シューベルト全集に収録したときには、第1楽章と第3楽章しか楽譜が残っていなかった。ところが1950年になってスウェーデンで紛失したと思われた2つの楽章が発見された。作曲から140年以上たった1954に出版された新しい全集に収録、翌年ロンドンのBBC主催のコンサートで初めて人前で演奏された。


弦楽四重奏曲第3番 変ロ長調 D36
1812年の11月19日に作曲を開始して1813年の2月21日に完成

この曲を書いた頃、シューベルトはアントニオ・サリエリのところに週2回作曲のレッスンに通っていた。サリエリはシューベルトが聖歌隊のテストを受けた時から彼のことを気に入って、いろいろと面倒を見ていた。この極の自筆譜には、そんなサリエリが直接書いた書き込みが残っている。


弦楽四重奏曲第4番 ハ長調 D46
1813年3月作曲

3番を書いてすぐにシューベルトはこの曲に着手。あくまでも古典的な曲作をしつつ、作品には少しづつ個性が出始めてくる最初の作品。


弦楽四重奏曲第5番 変ロ長調 D68
1813年8月作曲

2つの楽章しか残っていない作品で、残り2つの楽章は失われてしまった。シューベルトが2つの楽章だけで十分と考えたという説もあるが根拠はない。規模はすこしづつ大きくなっているが、同じモティーフが単純に繰り返されて冗長な楽曲になったともいえる。


弦楽四重奏曲第6番 ニ長調 D74
1813年8~9月作曲

1928年に発見されたこの曲の自筆譜には〝サリエリの弟子、フランツ・シューベルトによる3つの弦楽四重奏曲〟と書かれているが、他の2曲が失われたのか初めから作曲されなかったのかは分かっていない。楽譜には〝父親の命名の日のために〟とも書かれていて、チェロのパートがとても簡単なのは、父親がすぐに弾けるようにとの気遣いかと思われる。


弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調 D87
1813年11月作曲

シューベルトが書いた寄宿学校時代の最後の作品で、これまでの総決算であるかのように充実した内容になっている。そのため第一次世界大戦の頃に自筆譜が見つかるまで、1824年の作品と思われてきた。チェロのパートはシューベルトが家族のために書いた特徴でとてもやさしいにも関わらず、誰もシューベルト後期の作品として疑われることはなかった。それだけ優れた作品とも言える。


弦楽四重奏曲第7番 ニ長調 D94
1814年作曲

1813年に声変わりして聖歌隊を失格になったシューベルトは、寄宿学校も辞めて実家に戻った後、教員の資格を取るために養成所に入った。それでも家族の仲は相変わらずで、皆で演奏するための弦楽四重奏の作曲は続いた。


弦楽四重奏曲 ハ短調 D103
1814年4月作曲

第1楽章しか残っていなくて、しかも終わりの部分が欠如している作品。未完成ではなくて、シューベルトの自筆譜があちこちに転々とするうちに失われてしまったと考えられている。1939年に第1楽章の最後の140小節をアルフレート・オレルが曲として成立するように補筆している。


弦楽四重奏曲第8番 変ロ長調 D112
1814年9月作曲

第1楽章を4時間半で書いたと自筆譜に記載されている。1つの楽章を4時間半というのは驚異的なスピードだ。
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