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真夜中から7時まで

真夜中から7時まで-s

原題:DE MINUIT À SEPT HEURES
初出:1931年10月~12月「ル・ジュルナル」紙連載 
単行本化:1933年

【ストーリー】
美貌の令嬢ネリー=ローズは、慈善事業宝くじの宣伝のため、「五百万フランを提供した人に望まれるものを全て提供する」と自分の写真入りで大々的に発表。悪徳商売で莫大なもうけを得ているロシア人商人バラトフと、革命後のロシアに潜入してひと稼ぎしていた冒険児ジェラールは、これを見てお互いに彼女を手に入れようと野心を抱く。
バラトフは五百万フランを寄付し、ネリーのもとへ「真夜中から七時まで、私を迎え入れよ」と要求。ジェラールはネリーの美貌に惚れこんで、バラトフの企みを邪魔するため彼女への接近を図る。バラトフといつわってネリーとパーティーに参加するジェラールて、まんまとネリーを連れ出すことに成功するが、バラトフはホテルの自室で殺害されていた。…
殺人犯はジェラールなのか?ルパンを思わせる快男児ジェラールが恋と冒険に大活躍する恋愛活劇。


【作品について】
アルセーヌ・ルパンはまったく出てこないルブランの作品の中で、翻訳の単行本が発売された形跡がみられない珍しい作品。貴重な作品といえなくもないけど、「バール・イ・ヴァ荘」と「二つの微笑をもつ女」の間に書かれただけあって内容はミステリーというより恋愛小説に近い。殺人が行われて、主人公が犯人と疑われる展開は確かにミステリーなんだけど、それにしてはラストのオチが謎解きというにはあまりにおそまつすぎ。 

せめてタイトルかられんそうするように、時間にそって展開していれば、もうちょっと盛り上がったような気がする。タイトルが表しているのは、単にヒロインが約束した自分を拘束できる時間で、朝7時までになにが起こったか?というのも特に重要な意味はないし。

ルパンは出てこないといいながら、物語の終盤に出てくるに〝ビクトール警部〟というのが、こじつけで〝ルパン〟といえなくもない。「四十がらみのずんぐりした男・・」という描写があって、作品の時代的にも「特捜班ビクトール」でルパンが化けていたビクトールと近いので。でも、まったくの脇役でなんの活躍もしないし「やっぱり無理があるかも。


真夜中から七時まで (アルセーヌ・ルパン全集 (別巻 4))真夜中から七時まで (アルセーヌ・ルパン全集 (別巻 4))
(1987/03)
モーリス ルブラン

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死ぬのは奴らだ

02Live and Let Die-s

原題:Live and Let Die
オリジナル出版:1954年イギリス
邦訳:1976年4月30日「死ぬのは奴らだ」井上一夫訳、ハヤカワ・ミステリ文庫

【ストーリー】
ブードゥー教をベースにハーレムを牛耳る黒人犯罪王ミスター・ビッグ。彼は海賊〝血まみれモーガン”の財宝〟金貨をアメリカ国内に持ち込み資金源としていた。組織の全貌を暴くためイギリス秘密諜報部員ジェームズ・ボンドはニューヨークに派遣され、調査のためCIAのフェリックス・ライターとハーレムに乗り込む。すでにしかし情報を掴んでいたミスター・ビッグに監禁され、拷問を受けながらもなんとか脱出に成功する。

しばらくしてビッグのアジトで出会った霊感能力を持つ美しい娘ソリテールが、ボンドに助けて欲しいと連絡を取ってくる。ボンドは彼女と共にビッグの手がかりをもとめセントピーターズバーグへ向かう。しかしそこでソリテールはビッグに奪い返されてしまう。さらにフェリックス・ライターも鮫の生き餌にされ、片手片足と顔をぐちゃぐちゃにされ病院送りに。

ボンドはイギリス情報部のジャマイカ担当ストロングウェイズと合流。彼の協力を得て、ミスター・ビッグが金塊を積み込む船に水中から接近、爆弾をしかけるのに成功するが、またしてもビッグに捕まってしまう。ソリテールとともに裸でくくられたボンドは、翌朝船で鮫やバラクーダのいる海へと引きづられていくのだった・・・。


【解説】
ニューヨークのハーレム、フロリダ州セント・ピータースバーグ、そして南国ジャマイカへ。ヒーローとヒロインが移動を続けながら、怪物的な犯罪者と対決するという、典型的なジェイムズ・ボンド作品。ここでようやく007のスタイルが確立されたといえる。最後の舞台となるジャマイカは、原作者のイアン・フレミングがとても気に入っていた国。

タイトルの「Live and Let Die」を直訳すると、「生きて死なせ」。「(自分は)生きて(敵は)死なせ」という意味だから、「死ぬのは奴らだ」というのはとてもうまいネーミング。昔はこういううまいタイトルが多かった。今なら普通に「リブ・アンド・レット・ダイ」になっちゃうところ。

ミスタービッグが使うヴードゥー教は、植民地時代に奴隷としてカリブ海地域へ強制連行されたフォン人たちのあいだで信じられていた実在する宗教。儀式には太鼓を使ったダンスや歌があり、動物のいけにえが使われれるため神秘的なイメージが強い。ジミ・ヘンドリックスの曲のタイトルとしても有名。同じカリブ海を舞台にした「ザ・ディープ」でも悪役が使っていたし、ヴードゥーといえば南国の悪い奴が使うオカルトっぽいイメージのは確か。

VoodooValris-s.jpg
ヴードゥーの旗

ヴードゥー教のルーツであるヴォドゥンを信仰するアフリカ人は霊魂の存在を信じていて、ヴードゥーの中で一番恐ろしいのがサメディ大公。ミスター・ビッグの部下はビッグをサメディ大公の死霊=ゾンビだと信じている。

〝007〟の〝00〟は、第二次世界大戦の最初の頃(後に保安上の問題で変更)、海軍の極秘情報にはすべて〝00〟という番号がつけられていて、ここからの流用。

〝ジェームズ・ボンド〟という名前はがフレミング愛読していた「西インド諸島の鳥」という本の作者で、実在した鳥類学者からの拝借。フレミングはどこにでもありそうな、平凡な名前にしたかったらしく、あとになってフレミングはジェームズ・ボンド本人から冷やかしの手紙をもらっている。

やたら丁寧な描写が印象的な、物語の後半でジャマイカの海の底をボンドが泳ぐシーンに登場するバラクーダ。熱帯の海に広く生息するこの魚は、人に対しても攻撃してくることで知られていて、鮫より危険とされる地域もある。

great-barracuda-s.jpg
鮫と一緒にボンドを襲うバラクーダ


【コメント】
1作目の「カジノ・ロワイヤル」に比べると、かなり起承転結やエンタテイメント性がアップ。ジェイムズ・ボンドのシリーズっていうのは基本的に現代のおとぎ話。事件を追う主人公、ヒロインと出会い、悪玉を対決して最後は勝利・・・、毎回これの繰り返しで、そんなハードボイルド冒険小説としての基本形がほぼ出来上がったのはこの2作目から。

前作「カジノ・ロワイヤル」に出てきたCIAのフェリックス・ライターが再登場したり、シリーズものとしてのつながりもちゃんとあったりする。それはこの後のシリーズ全作品を通して継続。そのライターが鮫に片手片足を食われたりとか、けっこう残酷な描写が多かったりする。映像ではいろんな規制があって表現できないシーンなわけで、それが原作と映画との住み分けになっていて、小説は小説、映画は映画として楽しめるという次第。

海の中をボンドが泳いで敵のボートに接近するシーンは、やたら描写が細かくて妙に印象的。荒唐無稽なストーリーなのに、やたらリアリティーのある描写があちこちにあるのが、このシリーズの最大の特徴。なんでもかんでもただ派手にすればいいってわけじゃないんだよね。

クライマックスのボートで引きずり回され鮫に襲われそうになるシーンは、映画「死ぬのは奴らだ」ではボツになっていて、このネタが映画「ユア・アイズ・オンリー」でたときは、スパイ映画の原点回帰みないな感じで、公開当時の売り文句の一つにもなっていたっけ。



007 死ぬのは奴らだ (ハヤカワ・ミステリ文庫)007 死ぬのは奴らだ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
(1998/03)
イアン フレミング

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